幸せになりたければ、自分の人生に責任をもつこと-続編-

こんにちは♪

以前の記事で、我が家のベッキーについて触れました。

(以前のブログ記事はこちら→ 前編後編)

ベッキーは、私のイギリス人の義姉。

性格が合わない母親と、そしてその母親と性格が似ている妹。

この二人は大の仲良し母娘。

その二人の関係に、ずっと嫉妬して生きてきたために、何か嫌なことがあると、家族の誰かをターゲットにして、キレてしまうというシングルマザーのベッキー。

ベッキーは、すべてを人のせいにして生きています。

だから、いつまでたっても幸せになれないでいる。

人のせいにするということは、その人に人生を委ねているのと同じこと。

相手の言動に左右され続けるということです。

それは、自分の人生なのに、自分には選択肢がないということ。

幸せになりたければ~ 後編」にて、触れたように、現在、おばさんと仲たがいしているベッキー。

ペットとして猫を飼おうとしていたベッキーと娘に対し、猫を飼っているおばさんが、猫を飼うことは難しいと言ったことが始まりでした。

おばさんからのメールの返信を読んで、愛娘が号泣したことにキレてしまったベッキー。

おばさんは自分の娘のことが好きじゃないからだと怒ってしまいました。

その後、おばさんが、「怒らせてたのなら、ごめんなさい」とメールをしたところ、ベッキーからの返信は

「とても腹が立ったし、私には猫の面倒を見ることができないって言いたいんでしょ」と。

これが、ベッキーがいつまでたっても幸せになれない原因です。

ベッキーは気がつかないうちに、自分で自分の首を絞めているのです。

おばさんが私を怒らせた とベッキーは思っています。

でも、ベッキーを怒らせたのは、まぎれもないベッキー本人なのです。

猫を飼っている、おばさんは自分の経験上アドバイスをしただけ。

そのおばさんの言い方が、仮に一方的だったり、悪意に満ちているものだったとしても

猫を飼う、飼わないを決めるのはベッキー本人なのです。

そして、ベッキーは結局、猫でなくウサギを飼うことにしています。

ベッキーの中では、おばさんにそう言われたから、やむなくそうしたという図式が成り立っているのかもしれないけれど、もし、猫を飼う自信と情熱がベッキーにあれば、誰がなんと言おうと、予定通りに猫を飼えばいいだけなんです。

飼わないと決めたときには、おそらくおばさんの言葉のうち、少なからず正しいと思うところがあったはずなのです。

だから、猫を飼うことをあきらめた。

でも、娘も号泣してしまったし、飼いたかった猫が飼えなかったという不満は残っている。

だから、おばさんの言い方が気にくわない、私には猫を飼う責任感もないと言っていると言って感情を爆発させているのです。

それが、自分を不幸にしているとも知らずに。

猫は飼えなかったとしても、今、目の前にいるウサギが可愛い、それでいいでしょ。

それなのに、おばさんに対する怒りの感情が、いつまでもベッキーの中にはあって、その負の感情とらわれてしまっている。

だから、目の前にある幸せまでも半減してしまっているのです。

自分の人生を幸せなものにするのか、不幸にするのかは、自分次第 ということです。

自分勝手な人たちに囲まれていたら、特に優しい人は、振り回されっぱなしになってしまう。

四面楚歌。

前も後ろも横にも逃げるところがなく、私は不幸せな人生を歩む運命なんだ。

そんな気持ちに陥ってしまうのは当然です。

ただ、今の状況のままの人生を歩んでいくのか、それとも、こんな人たちのせいで私の人生を台無しになんかしない!!

そう切り替えるのか、そこの違いなのです。

私の知り合いは、複雑な家庭環境で不幸な十代を送り、受験も失敗。

2度の流産の後にやっと子どもに恵まれるも、夫のDVにより離婚。

シングルマザーになり、重度のうつ病を発症しました。

もし、これがあなただったら、どうしますか?

こんな環境から私は一生抜け出せない。

私は、不幸な星の下に生まれたんだ。

そう思って諦めますか?

どう考えても幸せになれる要素がないと思いますよね。

でも、彼女は、自分自身を、不幸の環境の中の、不幸な自分のままで終わりにしなかったんです。

この私の知り合いは、私の知り合いではなく、みんなが知っているハリーポッターの作者J K ローリング です。

彼女の人生は、波乱に満ちたものでした。

母親が多発性硬化症という難病を発症したこと、両親が不仲であったことと、複雑な家庭環境のもと不幸せな十代を過ごしました。

学校の成績が良かったため、オックスフォード大学を受験するも失敗し、挫折を味わっています。

ずっと闘病していた母親は、25歳のときに亡くなります。

その後、ポルトガルに移り住み、ポルトガル人男性と知り合って結婚。

2度の流産という経験を経て、長女が誕生したものの、DV夫から逃れるために、長女が生後4か月のときに別居。

子どもを連れて、妹が住むスコットランドに逃げ移りました。

幼い子どもを連れて、仕事もない状態。

心労からうつ病を発症し、自殺を図るまでにいたります。

そんな人生どん底の中、別居中の夫が二人を連れ戻そうと、ポルトガルからやってきます。

DVを受けていた彼女は、どんなにか恐怖におののいたでしょう。

夫には接近禁止命令が出され、離婚が成立します。

J K ローリングの人生を見たときに、もし、これが自分の人生だったら、無情な人生の過酷さに翻弄され、絶望し、そのまま、絶望の中で一生を終える、多くの人は、そう思うのではないでしょうか。

だけど、彼女の場合は、その人生に甘んじることなく、幸せになることを選んだ。

ラッキーだから、幸せになったのではなく、自分の力で幸せになることを選択したのです。

彼女が幸せになったのは、文才があったからだ。

そうでしょうか?

たしかに、文章を書く能力は秀でていた。

紛れもない事実です。

でも、秀でていたとして、その自分の才能を信じて諦めなかった。

どん底の状況で、もうダメだと諦めかけたこともあった。

だから、自ら命を絶とうとしたことがあったのです。

でも、やっぱり諦めなかった。

他人のせいで不幸になった人生だったけど、そのまま終わりにしたくなかったから、自分の人生に責任をもって、幸せになることを選んだ。

そう思いませんか?

幸せになるか、ならないか、決めるのはあなたなのです。

Momomimo

NLPプラクティショナー ミッソン慶子



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