人と違う自分を誇りに思うこと

『人と違う自分を誇りに思うこと』

これは、娘の小学校の校長先生からもらったクリスマスカードの表紙の絵が意味しているメッセージです。

シンプルかつ、とても胸に響く言葉です。

私たちが、人と違うことを恐れるのはどうしてでしょうか?

皆が同じだったら、何の面白みもないのに。

大学時代に恩師から教わったのは、日本は昔から米を作って村を形成してきた農耕民族であり、「村社会」の文化である。
冠婚葬祭という重要な儀式は、自分が所属する「村」でとり行われる。
その村の規律を乱すような行いをした者は「村八分」にされ、どこの村にも所属できなくなるという過酷な運命が待っている。
そこで人々は村八分になることを避けるために、目立たぬようように生きてきた。

 

『人と違うことを誇りに思うこと』

この言葉で思い出す人がいます。
小学生のときに私が通っていた習字教室で、下手な字を書いている私の目の前でとても美しい字を書いている女の子がいました。
私と彼女の違いは、その字の美しさと、その美しい字を書いていたのが彼女の場合は手ではなくて足だったということです。
おそらく先天性四肢障害だったと思われる彼女は、両肩のすぐ下から何本か指が出ているだけでした。

子供だった私を含め他の生徒たちも、悪気なくそんな彼女をジロジロ見てしまっていたと思うのです。
でも、彼女はそんなこと気に留める様子もなく、いつも凛としていました。
人と違う自分の見た目を受け入れた上で、自分にできることをする。

足で美しい字を書くなんて並々ならぬ努力があったんだと思います。
でも、その努力の上に出来上がった自信が彼女を輝かせていたのだと思います。

イギリスでは、文字の読み書きに障害があるディスレクシアの症状をもっている人がたくさんいます。
ディスレクシアと診断されるまでは、ただ勉強ができない子というレッテルを貼られ、本人も親もとても辛い思いをします。
その一方で、偉業を成し遂げている人の中には実はディスレクシアという人がたくさんいるのです。

イギリスのヴァージングループ創始者であるリチャード・ブランソン、アメリカのスティーブ・スピルバーグ監督や、ウォルト・ディズニーもそうです。

彼らも子供の頃は人と違うことで少なからず辛い経験をしたことと思います。

でも、おそらく彼らはその違いを認めた上で、自分の可能性も信じ続けた。

 

人と違うことに私たちの多くが価値を見いだし自分の可能性を信じることができたときに、私たちの世界はもっと心豊かな人があふれた世界になると思います。

Momomimo

心理カウンセラー/NLPプラクティショナー ミッソン慶子

 

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